大阪芸術大学非公認オカルトサークル「ミイゾン」ウェブサイト

第6回大学探索レポート

【2015年7月8・11日】

初めに、ミイゾンの部会は月に2回、それぞれ水曜日と土曜日に開かれている。
これから記すレポートは、水曜部会後探索、土曜部会後探索と別々に行われた探索である。


7月8日

●参加者:粟、かき、コッペパン、ちくわ、溺死、PICO、ポンタ、ヨシダ

水曜日の部会後、部会の中でも取り上げた池横の小屋に行くことになった。
この小屋の奇妙な点は、利用することを全く想定されていない位置に建てられていることだ。
右を見れば池、左を見ればそれなりに傾斜のきつい斜面、
正面には有刺鉄線の絡みついたフェンスと、小屋にはまともな方法では近付けないようになっている。

それらをどうにか潜り抜けたコッペパンと溺死、PICOが先陣を切る。
暫くして戻ってきたPICOが「小屋の扉は開かず、足元には絵が落ちていた」という。
それを受けて、案内の溺死とともにちくわも小屋へと向かう。

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途中、地面に刺された木の棒で囲まれた大きな穴があった。

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本題の小屋。扉は南京錠によってかたく閉ざされている。

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小屋の前に落ちていた絵。目玉焼きがいくつも描かれている。なぜここに捨てたのだろうか。

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その他小屋の周辺にあったもの。廃棄物らしきものがほとんどだった。

結局この小屋がどういう目的で存在するのか、今回の探索ではわからなかった。
当初予想していた通り、ただの物置なのかもしれないが、
だとすればなぜこれほどにまで行き難い場所にする必要があったのかという疑問が残る。
他の謎とともに続けて調査していきたい。

7月11日

●参加者:粟、ちくわ、溺死、ポンタ、山下、Rinne6

土曜日の部会後、前回の探索に引き続きたんぽぽ荘へ。
以前よりも日が落ちるのが遅くなったため、まだ辺りはうっすらと明るかったが、
それでも不気味なことに変わりはない。

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集合ポスト。住民が誰もいないことを知らないのか、宅配ピザの広告が1枚ずつ投函されていた。

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その近くで見つかった水道料金の請求書。ちょうど2ヶ月ほど前のもの。
5月の時点では一応住民がいたようだが、水道使用量が0。ここで生活はしていなかったのだろうか。
一つ不可解な点は、他の月の分が見当たらないことである。何か事情があるのかもしれない。

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階段とドア。 階段はかなり錆びており、大人数で登れば崩れそうな気がするほどに年月が入っていた。
ドアの「C-202」という表示から、
たんぽぽ荘ではA棟、B棟、C棟とそれぞれの建物を呼んでいるのかもしれない。

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C棟最上階の3階と、そこから見える別棟(恐らくA棟とB棟)。

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改めてポスト付近を調べていると、一人別棟を調べていたポンタが「変わったドアがある」と呼びかけてきた。
見に行ってみると、引き戸であるにも関わらず「押す」と書かれた札が貼ってある。
前の住民の遊び心なのだろうか。

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ベランダ側。
フェンスに有刺鉄線が張り巡らされており、侵入を防いであった。

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棟と棟の間に置かれた物置の中。

今回の探索レポートは以上である。
どちらも進展らしい進展こそなかったが、
それぞれどのような場所なのかを肌で感じることができた。
次回レポートは、土曜日部会前・その翌日に行われた、とある場所の探索についてとなる。